DOBINSKI ドビンスキー 芸能プロダクションOFFICETWELVE
name DOBINSKI
ドビンスキー
birthday 1978.11.17
blood type A
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DOBINSKI

蠍座 A

サウスポー

夢を掴んだ唯一無二のメッセンジャー、「ドビンスキー」=「DOBINSKI as ILLJUSTICE」

RAP=ラップを様々なクラブミュージックに載せ歌う。

1995年

阪神大震災の年、ラップを始めメッセンジャーとなる。
同時にDJ,イベントオーガナイザーも兼任する。

1996年

大阪club DOWN(現NOON)で行われた関西ラップトーナメントGENERATIONにて優勝。

1997年

私立亜細亜大学のタレント入試にヒップホップ/ラップで合格。東京へ拠点を移す。

1998〜2002

都内各所で合計150回以上のライブを行いメジャーコンピレーションワークやアンダーグラウンドアナログワークをこなし2つの音楽事務所に所属。

NEW WORLD PRODUCTIONSでは、ポニーキャニオン・コロンビア等発売の作品に楽曲が収録。

「今日もどこかでデビルマン(Jazz HipHop Mix)」ではDreams Come true (cho)兼Funk the Peanutsの浦島りんさんと共演。
本人はデビルマンをテーマにオリジナル歌詞を作詞し、故阿久悠さんに直接FAXし、一発で了承を得る。

WOWOWのTVCMの収録。

ヒップホップ雑誌「 WOOFIN' 」にカワムラタツトシと「三羽ガラス→イエスともノーとも言える日本人」を連載。

プロダクション人力舎の月例お笑いイベントの挿入歌として東京03豊本明長のテクノミュージックにラップを載せ収録。採用される。

後、ストリートではK DUB SHINE, DJ OASIS, DOHJI-Tを擁す「ATMIC BOMB PRODUCTION」に所属しアナログレコード「必然ワード/プラネットラン」をリリース。

日本最大のヒップホップイベント「B-BOY PARK2000/2001」と連続出場。全国的にストリートからプロップスを得た。

2002

東京から神戸への帰郷

上京前夜に患った病が再発しやむ無く帰郷。

神戸のヒップホップ重要人物DJ NAPEY,OLD no.7,BANGCHOらとユニットQuarter Notesを結成。

神戸ANTHEM「表神戸裏洒落頭」を制作発表。

2004

関西方面に強い影響力を持つ音楽集団「SOUND CONTROL」(KOJI TANINAKA,DJ FUL,DJ SAWAMURA,DJ ARAI,NOAH,DICE-K,etc)の誘いを受けメンバーとなる。

2005

ヒップホップ雑誌「blast」でも大きく扱われ話題となった、阪神淡路大震災10年を祈念するコンピレーションアルバム「10 years after the EARTH QUAKE」を総指揮総監督し発表。
この記事は当時の毎日新聞地方版にも取材され写真付きで掲載される。

2010

同門下のDJ SHIROと再会し、楽曲制作に入る。

2011

東日本大震災後、日本テレビ局系列の「24時間テレビ ~愛は地球を救う~」関連のイベントに参加。

また、経験として様々なアルバイトで金を貯めては、国内外にバックパッカーとして旅をする。

そして、唯一無二の世界平和の夢を掴み、国際的な活動も始める。=「ASIA UNIVERSE」

それらの経験がアルバム"PUBLIC ONE'S"には色濃く反映される。

また、自身の自主レーベルを「ASIA UNIVERSE ENT.」命名、現在に至る。

これからの楽曲制作にも俄然注目が集まる

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